ヨタハチ&パブリカオーナーさんコンニチハ
2000年から2004年分
ヨタハチやパブリカのオーナーは十人十色。出会う度に新しい発見があります。
出張はなくなってしまったけどヨタハチのホームページ管理人としてネタ探しに
あちこち尋ねようと思っていますのでヨロシクね。
2004年4月11日
東京に出張があり、以前から面識のあった肥田木(ひだき)さんに
44ヨタHPの松浦さんとお会いしました。
自作ガレージに収まるひだきさん
の41年式ヨタ。永きにわたる
レストアから帰宅し、今はご自
身で最後の仕上げ真っ最中です。
ここまでやったんだからとオー
ナーのこだわりがネジ一本にま
で及ぶ。
初期型エンジンならではの
ジェネレーターやコイルが眩
しいほどの復刻青竹色に。
ここまで出来れば完成はもう
すぐ。今夏の復帰を目指して
時間を掛け仕上げていくそう。
日野の駅まで迎えに来てくれた
ひだきさんのミニ1000を運転
させていただきましたが、とっ
ても元気よく走り、室内も広い
ので欲しくなっちゃいました。
2004年2月12日
茨城に出張に行った場所は以前からメールにて交流のあったK藤さんの
職場という偶然。平日一週間の出張ながらお会いすることが出来ました。
ちょっと暗くなってしまいましたが
ガレージにて。右がK藤さんで、
左は妹さん。はじめは妹さんが
パブリカ大好き→ヨタハチ好き
となり兄にも伝染し兄妹でオー
ナーという面白い環境。
以前はツクバでの走行会に参加
したりと活動されていた様子。
現在兄のヨタはリア廻りをレストア
中でした。
パブリカ好きのK藤さんのもと
に集まった4台のベース&部品
取り車両。
必ず復活させる根性のある方なら
譲ってもいいという。前々から欲
しいと思っているだけに心が揺れ
ました。
2003年11月1日
大阪への出張が金曜で終わったのでなんばに一泊し、名張市のNさんにお会いしました。
急行で1時間ちょいでたどり着くのどかな町はヨタハチを維持するのに最適な条件が揃っ
ていました。
N氏は10年以上もこのヨタハチに乗り続け、
家族の理解もあり幸せそのもの。2人のお子さ
んも将来はヨタハチに乗りたいとのことで感涙
ものです。
車検からエンジンの積み下ろしまで、たいていのこと
は何でも自分でやってしまう姿勢に感動しました。
ガレージの奥にはレストア中のヨタハチが。
錆びた部分を切り落とし、鉄板を継ぎ足す
といった作業が延々と続きます。完成が待
ち遠しいですね。
N氏から流用パーツ情報を入手しましたので
近日公開します。
2003年8月31日
大分に出張となったので電車で移動して小倉で昨年お会いしたKさんに会ってきました。
K氏のヨタハチレーシングは休みの合間に少しづつ進める為、根気の要
る作業ですがプロも顔負けのアイデアと技術にあふれています。
まずはエンジンブロックに追加されたエンジンマウント。なにをベースにしたか
はナイショ。
ガレージの空間確保のために中空に吊り上げられていました。
下から見るとサブフレームにエンジン追加マウント用の角材が
追加されていました。
しばらくするとK氏のガレージにJさんがはじめて遊びに来ました。
F田氏も合流し、早速みんなで見学中。
オーナーのJ氏。後期型のオリジナル度の高い個体で管理人もびっくり。
大事に乗ってあげてね。
2003年4月26日
川崎に出張となり、44ヨタのHPでおなじみの東京のM氏に会いに行きました。
ニューイヤーミーティング以来になりますが当日あまりお話できなかったので良い
機会でした。東中神のガレージまで連れて行ってもらうとそこには青いミニエースが。
なかなか見る機会がないのでじっくり見させてもらいました。ガレージにはM氏の他にH氏
も来ておりオーナー3人で濃い話に花が咲きました。カメラを忘れてしまったのが残念です。
2002年11月3日
知多に休日出張となったが作業が一日半で終了し、知多に住むけいすけさんに会ってき
ました。氏はビンテージハーレーのオーナーでもあり、素晴らしいガレージにはパブリ
カやCB750などに混じってブリジストンの125ccバイクも。ヨタ好き=バイク
好きの方ってホントに多いですね。
40年式初期型を購入後しばらくしてから床を剥いだら・・・
ヨタハチお得意のフロアパネルが無くなっちゃったとのこと。路上復帰が楽しみです。
2002年5月10日
小倉に出張となって運良く休みが取れ北九州のヨタハチ大王のKさんに会ってきました。
氏はヨタハチでのレース経験が豊富で、現在はレースカーを製作中。管理人の僕と違う
のは、ほとんど自分で仕上げていること。うーむ見習わなくては。
K氏製作中のレースカー。ベース車はセンターピラーが潰れていたものを直しフロントを
ディスク化したりすごいことに。中でもブレーキマスターの選択には苦労したという。
JCCAのレギュレーションではS65クラスの最低重量は580kg。各部の補強&ロールケージ
の重量分を引く為に至る所に軽量化のあとが見受けられる。
なんと燃料タンクも協会に問い合わせしてOKとなったビルトインタイプ。
すっきりしてカッコいいのだ。これが一般人の出来ることか?おそるべし。
2002年5月11日
翌日は遠賀町のパブリカ大王のFさんに会いました。
氏は現在自分用にパブリカスーパーをレストア中で小倉のK氏同様、現在パブリカ800で
レースカーを製作中。内装を剥ぎ取ってさらなる軽量化を検討中。
水没してしまったパブリカの為、マフラーが錆びてうまく外れない。しまいには途中で切れて
抜けましたがフランジが固着してはがれず悩む。
F氏所有のKP30デフホーシング。
ワタクシが喉から手が出るほど欲しい
シロモノです。
これを先ほどのレーシングパブリカに
装着するとのこと。
うらやましい〜
F氏所有の不思議なオブジェ。パブリカ700だという。アルミデフキャリアと
右の写真のタイヤの奥にパブリカ700の独特のテールを見ることができた。
鉄くずと言う無かれ、どんな状態でも捨ててはいけないのだ。
F氏の工場には福岡シングルナンバーの
極初期パブリカ800がH氏によりレス
トアされていた。
8割仕上がっていてもうすぐ社会復帰で
きそう。
F氏の影響からか北九州にはパブリカオ
ーナーが多い。
この日は他にもオーナーの方が作業場に
訪れるなどパブリカ話に花が咲いた。
なにより驚いたのがH氏は当HPの事や
OTに管理人が載っているのを
知っていたことである。いつのまにか有
名人になってました。嬉しい。
2000年10月26日
出張で三重県川越市に来ていたので三重のヨタハチ大王こと「ぞうさん」
に会って来ました。とても為になるページを開設されていて参考になってます。HP
さすがにぞうさんと言われるだけの人でした。どうやってヨタにのるんじゃろ?
残念なことに只今ぞうさんのヨタは修理中。後日すっごい綺麗な写真が送られてきたので
掲載します。
当時の純正ホイールはパブリカ700からの流れで
灰色なのだ。
エンジンルームはラインオフしてきたかのように
ピッカピカである。雨の日乗れないジャンって
多分乗ってないと思う。
トランクルームも抜かりない。
純正工具に付属品までありとあらゆるものが・・・
もう言うことなしの程度のよさ。
レストアのよき参考になることでしょう。
2000年8月12日
今回は静岡県の最東端小山町生土(いきど)に
行ってまいりました。
1オーナーの最終型(44年式)でガレージ保管の為
痛みが少なくて感動!
残念ながらオーナーは他界してしまい、
現在は甥にあたる大原さんが時々動かしています。
意外な発見。油温&油圧の両脇に
ターンシグナル左右表示インジケータが!
んでもって、ハイビームはタコの上に
追いやられている。
こころなしかメータリングが濃く見えるのだが
後期型と最終型で違うのだろうか?
四国の出張がながいので休みに岡山まで行ってきました。
岡山の井上さんとブルーのヨタハチ。
鷲羽山のワインディングを軽快に走れるほど
エンジンは好調のようでした。
井上氏の所有するプリウスにも乗せてもらい、
はじめてのハイブリッドカーに感動!
近未来のクルマとヒストリックカー
どちらが楽しいかというとやっぱりヨタハチだそうな。
四国徳島県に出張になったのでお隣香川県まで
足を伸ばして行ってきました。
香川県宇多津町のぴろり七号さんとヨタハチ。
ガレージ保管の為ボディに錆はなくてウラヤマシイなあ。
部品取り用にミニエースを所有しているなんてすごいね。
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